46日目:ブログと理念と外注化で失敗した話

アドセンスで先月まで外注化してた。
結果、月1万円くらいは今も放置で何もしないで収入が入ってくるようになった。

でもここだから話すけど、

外注化はあまりやらない方が良いと思う。

なぜなら外注の記事は基本クソだからだ。

自分のアドセンスブログは、自分が書いた記事と外注が書いた記事がミックスされて構成されている。

1日1記事書きましょう。
多くの人がそれができません。
できたら稼げます。

というどっかのアホ教材を信じてとにかく継続することだけを意識したので外注化した。

自分で1日1記事は厳しいと思ったから。

でもブログのアクセスは自分の書いた記事の方が断然多い。

それに結局、外注した記事を手直しする時もある。
そのときにどう感じるかというと、

はぁ~マジかよ。自分で書いた方がいい内容だよなぁ。こんな記事になんでお金払ってんだ?

となんとも言えないような虚しさを覚える。

外注化というのは自分で収益を上げていて、そのノウハウを分解して単純作業でできる部分を洗い出してそれを外注化すべきだ。

キーワードを与えて記事を書いてもらう、
1日1記事のためにやるなんてやり方は意味ない。

だって自分が記事書いてたら最初に考えてたキーワードじゃなくて、思ったよりも筆が進んだ結果、全然タイトルと違う記事になってしまったりする。

書きながら軌道修正していくパターンがほとんどだ。

もっとこうゆうコンテンツ足した方がいいとかこっちの方が有益だなとか記事を書きながら修正して結果、いい記事になってくる。

外注にはそれがない。
実にサッパリな記事だ。

自分で書いて行くことによって文字数も増えるし、共起語も増えるし。
結果、検索順位も上位に行くしで報酬も上がる。

いいことづくめだ。

物事は予定調和には行かない。
自分でプログラム書くといいものができるけど、
後輩に「プログラム確認してください」と言われるとなかなか指摘できない。

自分が書くならそうは書かないんだけどなー

でもその人にはその人のやりたい方向や特徴があるし、とか考えると遠慮しちゃって、結局、バグが多くて自分の考えが正しかったなんてことはしょっちゅうある。

自分でやる場合は、やるならやってみてうまく行かなかったら方向転換すればいいって考えるからまず手が動くけど、後輩はまず考えてから手を動かすからタイプが違う。
最初のプランに縛られすぎて手を動かすのが遅い。

最初のプランは大事だけど、やってみて違うなと思ったら色々変えてみないとダメだと思う。
他人に任せるとそこがうまく埋まらない。

色々考えてやりながら修正して行ったらいいよ

なんてアドバイスするとたいがい手が止まってしまう。だから後輩には悪いが、なんでも個の力で突破して行かなきゃダメだ。

なんでも教えてもらえると思ったり、先輩が側にいてくれるなんてと思うと甘えが出て自分に責任が持てなくなる。

なんでも自分だ。
自分で考え、自分で手を動かし、自分で戦略を練ろ!!

外注化するとそれが無くなるからダメになる。
「外注化やってます!」って言葉の響きに惑わされてはならない。

そもそもなんのためにブログやってるのか?

ってのも大事だ。

「1日1記事で稼げるようになります!」
なんて甘い言葉や謳い文句に踊らされてはならない。

逆に

「読み手の役に立つように書きましょう」

っていうアホな正義感も邪魔になる。

自分で記事書いてて、

「これ誰かの役に立ってるのかな?」

って思ったら手が止まってしまう。

だから、誰かのためにっていうのもおかしい。
そうじゃなくて理念を持つといいと思う。

「自分はネットに真実を拡散する」

こういった壮大な抽象的な理念はブレない。

皆、何かあるとすぐネットで調べ、ネットの情報の通りに行動する。
ネットは確かに簡単に情報が手に入る。

でも、誰でも書けるブログというシステムができてから誰でも適当なことを書くようになった。

ネットには嘘も多い。

でも書籍はどうだ?

嘘なんか書けない。
嘘なんか聞いたら著者がアホだって言われる。
信用が無くなる。
だから自分の思ってる真実を時間をかけて編集して出版する。

だからネットよりも書籍の方が真実が多いと思う。

だったら、書籍で自分が勉強してそれをネットにブログに書いたらどうなる?

他のサイトアフィリエイターよりも真実の情報を載せられると思う。

そしてそれがきっとどこかで誰かの役に立つ。

誰かの役に立つために書くんじゃない。
自分のために書く。

自分が理念として「ネットに真実を書く」と決めたんだから自分のためだ。
理念でブログを書く方がモチベーションが続くのではないだろうか。

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